中国周遊40日間 D敦煌
敦煌に到着したのは夕方でした。いつも目的地に着くのは午前中を心がけていました、 と言うのは当時の旅行者の間で、中国のホテルは部屋が空いていても「メイヨー」(ない) と言われることが多いと聞いていたので、いつもホテルを探す時間を少しでも多くとりたい と思って午前着を心がけていたのでした。
しかし、敦煌には夕方着です。焦って、早速ホテルを探し始めました。バス強行軍で疲れ果
てていたので少しくらい高くてもいいやと思いながら探し始めると、すぐに見つかりチェッ
クイン。強烈に疲れ果てていましたが、夕食だけ食べに出てホテルに戻り、その日はすぐに
休みました。
翌日、レンタルサイクルを借りて莫高窟と鳴沙山に行きました。莫高窟は文化的な価値が 高いんだろうなと思いはしましたが、芸術的なことに疎い僕にはその重要性が全然わかり ませんでした。
日本から農協の団体旅行の人たちが来ていました。思いっきり日本語で現地の人に「お便所 どこ?」と聞いていたのは笑いました。
莫高窟は文化大革命の時に破壊されそうになったのを一人の勇気ある人が守り抜いたとのこと で、多くの仏像が残っていました。
鳴沙山は低い丘くらいの高さですが、細かい砂で足をとられて足を踏み出しても支えになる 足が沈み込み全然登っていきません。やっとの思いで登りきった頂上から見た風景は本当に 素晴らしかった。美しい砂丘が波を打って連なり、何か幻想の世界に来たような錯覚を覚え ました。
昼間に登ったのに、これほど素晴らしかったのだから、もし次に行く機会があれば 絶対にきれいな月夜に登ってみたいと思っています。まさに月の砂漠の世界が目の前に広が るだろうと思います。
莫高窟、鳴沙山と見たあとは特に何もせずダラダラと敦煌では過ごしました。敦煌の良いと ころは、これらの観光資源がたくさんあるということと、日本からの観光客が多い為に、日 本人用のような食事のメニューが結構あるということです。果物だけ食べるサルのような生 活から敦煌では解放されました。
また世界中からの観光客も多いようで、西洋人もたくさんいました。ほとんど話せない英語で イスラエルから来られていた50歳くらいの女性とさまざまなことを話すことが出来ました。 一緒にご飯を食べたりもしましたが、レストランでの支払時に少しでも高くふっかけようとす るレストランの店員に「この金額はおかしい」と言いながらメニューを見せながら突っぱねて いました。ふっかけられた金額は人民幣5元くらいだから65円くらいだったのに猛烈に怒っ ていたのが印象的でした。僕はそれくらい別にどうでもいいんじゃないですか?と言うと絶対 に吹っかけさせないと言われていました。この点については、この旅行中にいろいろな人を見 てきましたが、僕も含めて日本人はだいぶ甘いようでした。
敦煌は中国と言っても、これまでまわってきた北京から蘭州までとは完全に一線を画すような 建物や風景、乾いた気候など中東の国に来たのではないかという印象を受けました。見たかっ たものも見たので次の目的地をトルファンに決め、敦煌最後の夜をいろいろな国の人々とワイ ンを飲んで楽しみました。
サイト内にある文章等には著作権があります。複製・再配布することは著作権法で禁じられています。